CDLマガジン
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vol. 165
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コミュラボ
ライター
現在、コミュラボでは、2023年4月より休眠預金事業通常枠「地域の居場所のトータルコーディネート事業」として、誰もがごきげんに暮らせる地域を目指し、さまざまなチャレンジを実装中です。
でも、ごきげんな暮らしってなんだろう?
今回は、2025年1月19日にスペシャルイベントとして、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長の湯浅 誠さんと合同会社カネック代表の後藤修さんをお招きし、「ごきげんな暮らしの輪郭」について考えました。
【概要】
日時:2025年1月19日(日)
テーマ:ごきげんな暮らしの輪郭
ゲスト:湯浅 誠さん(認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長 )
後藤修さん(合同会社カネック 代表)
場所:NAZO
かつて、日本は地域に住む人たちのつながり(地縁)が強い国でした。しかし、時代が進むにつれ、生活様式が変容してきたことで、日本の現代社会は、人と人のつながりが薄くなっている現状があります。それに伴い、「福祉」の概念も変化。課題を特定して解決する福祉から、新しい「縁」のつくり直しがさまざまな場所で始まっています。
たとえば、施設や公民館のような機能をもった地域の場が開かれたり、ただの本屋だと思ったら人がつながる場になっていたり。今回の会場であるNAZOの服屋もその一つです。服屋だけど、洋服をきっかけに新しい縁が生まれる場所になっています。
湯浅さんは、まず「ごきげん」でいるためには、誰かの顔を思い浮かべられることなのではないかと話します。
湯浅「ここ数年、ウェルビーイングという言葉が日本で流行っていますが、一般の人には馴染みのある言葉に直さないと伝わりません。お金だけでなく、健康やつながり、主観的なこと、客観的なことなど、いろんな意味を混ぜ込んで思いついたのが『ごきげん』という言葉です。毎日誰かと会わなくとも、ふとした時に誰かの顔が思い浮かんで、“大丈夫だ”と思えることは、ごきげんでいるために必要なのかもしれない。それは、つながりを感じているということに通じる気がします。それが大切なのだとすれば、どうやったらそれを暮らしの中に入れることができるのかを今日は考えてみたい」
ここからはそんな「ごきげんな暮らし」について、二人のゲストトークを踏まえ、居場所の解剖学で大活躍だったデザイナーの平野さんに図解してもらいながら、じっくり探究していきます。
ここからゲストトークに入っていきます。まずは、ゲストの2人からお話しいただきました。
ゲストのお一人目は、宮崎市を拠点にアートディレクターとして活躍する合同会社カネックの後藤修さん。後藤さんは、千葉県松戸市出身で、2004年より宮崎県へ移住。新日本プロレス映像制作会社からデザイナーへと転身し、AOSHIMA BEACH PARK(アートディレクター)、Zine it!(主催)、街中ピクニート(主催)など、多くの地域プロジェクトを手がけています。また、ブラジリアン柔術のインストラクターとしても活動されています。
後藤「私がやっているデザインは、ロゴや目に見えるデザインだけをやっているわけではないので、少し説明が難しい。アートディレクターとして関わるプロジェクトは、最初からゴールが決まっているわけではなく、プロジェクトを進める中で最適な形を探りながらデザインしていくことが多いんです」と語る後藤さん。福祉を意識していたわけではないと前置きをしながらも、どこでつながってくるのか興味津々の私たちにいくつかのプロジェクトについて事例を挙げながらお話しくださいました。
宮崎市の人気観光地・青島にあるAOSHIMA BEACH PARK(アオシマビーチパーク)。「海が暮らしの延長にあるように」という想いを込め、2015年より期間限定で毎年開催され、2022年からは一年を通して開放される場となりました。今では、季節に関わらず、多くの人がそれぞれの過ごし方でビーチを楽しむ場所となっています。
青島は、昭和30年代から50年代頃までは、新婚旅行ブームで多くの観光客で賑わっていた場所。しかし、時を経てそれがなくなってしまった今、この土地をどう生かしていくかが課題だったと話します。
後藤「観光計画をしようとすると、サーフィンや海水浴など海が好きな人にフォーカスされてしまいますが、それだけだと合わない人もいる。海に入らずとも、海辺で本を読んだり、朝日や夕日を楽しんだっていいわけです。このエリアが長く愛されるためには、観光として何かをピークにするのかではなく、当たり前だったこの土地の暮らしの底上げをしようというのは大切にしていたことの一つです。その結果として、多くの人がそれぞれの過ごし方で日常的にビーチを楽しめるようになったことは大きかった気がします」
次に、ゲストの二人目、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、経済同友会会員、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長を務める、湯浅 誠さんよりお話しいただきました。
湯浅さんは、まず「ごきげん」でいるためには、誰かの顔を思い浮かべられることなのではないかとしながら、「つながり」が「しがらみ」に変わっていく可能性についても示唆します。「つながり」はいつどんなふうに「しがらみ」に変化するのでしょうか。
湯浅「多くの人が求めるつながりの感覚は、SNS以上しがらみ未満のものではないでしょうか。しがらみに転嫁しにくいつながりのためには、もしかすると毎日会う必要はないのかもしれません。いろんな場所があって、ここがダメならあそこに行こうと思えることがごきげんに暮らす秘訣だとしたら、居場所は質より量なのかもしれない。もちろん一つひとつの居場所がいいものになることは大切ではあるけれど、凸凹があっても多様な居場所があって、なんとなく相手のことが見えていること。それがごきげんに暮らすための一つの要素なのではないかと考えています」
また、後藤さんの観光的な視点と日常の話を受け、地域のごきげんを中心に据えた「地域内関係人口」と地域外の人を中心に据えた「地域外関係人口」の話にも触れました。総務省によると、「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のこととされています。湯浅さんは、関係人口を考えた時、地域外の人に意識が向きがちだが、「地域内関係人口」の豊かさと比例しているのではないかと言います。
湯浅「外から人を呼び込もうとすると、どうしても観光的な発想になる。それは、経済は回っているけど、ごきげんではないことは結構起こっているのではないかと感じています。もしかしたら、外に目を向けすぎて、地域内関係性が疎かになっているのではないかな。地域の人たちが普通の暮らしを豊かに感じ、つながりを感じていることが結果的に地域外関係人口を増やしていることもある。ごきげんな暮らしにフォーカスすると、それに比例して経済的にも発展するのかもしれない」
お二人のお話には、共通した要素のようなものも感じられますが、一人ひとりがごきげんに暮らすためにできることはどんなことなのでしょうか。ここからは、ディスカッションに入ります。
福祉の世界では、明確な目的(例えば、多世代交流など)はあるものの、結果的にはそうならないことも多いと感じている人も少なくないかもしれません。そんな中で、後藤さんのプロジェクトでは、結果的に多世代交流が起こっていたり、結果的に人の居場所みたいなものができているように感じます。それはどういうことなのでしょうか?湯浅さんは、福祉の発想の狭さについて指摘します。
湯浅「福祉の考え方だけだと、欠けているところはどこ?困っている人は誰?という視点で物事を考えがちです。一方で、最近では、『ふだんのくらしのしあわせ』の頭文字をとって『ふくし』という考え方も提唱されています。誰が困っているのかという視点だけで社会を見ると、地域や社会の豊かさを削ぎ落としてしまうことになりかねない。後藤さんの事例は、福祉とは関係ないものではなく、目指す方向性には共通項がある。つまり、まだまだ福祉の発想が狭すぎるということかもしれない」
コミュラボでは、いろんな人が混ざり合う「よる学校」を開校していますが、それについてコミュラボの松崎は次のように話します。
松崎「人は、相談窓口には行きたくなくても、面白い場所には行きたくなるのではないかと考え、よる学校では、いろんなハッシュタグでつながる場をたくさん開いています。地域に面白い人がたくさんいるからできるのではなく、表現する人が地域に増えるといいのかなと。そして、その面白い表現が見える必要がある。だから来場者数のような評価ではなく、後藤さんが手がけた『AOSHIMA BEACH PARK』や『ピクニート』のように、何かを表現した人が増えたというような評価軸を持った『装置的な場』が増えたらごきげんになるのかもしれないと感じたりします」
ここで言う「装置的な場」とは、地域の人々の主体性を育む場所のことを指します。パーソナルな表現するのは怖さもあるでしょう。しかし、それは「ダンスが好き」「サッカーが好き」のような抽象度の高いもので十分で、「面白さ」育むことで主体的に地域で暮らせる人を増やすことにつながるのかもしれません。
セッションも終盤になった頃、会場から「つながり」と「しがらみ」について質問が挙がりました。それは、「人と人の関係性の中で発生する摩擦をどう捉えていったらいいのか」というものでした。それに対し、後藤さんは、自身のブラジリアン柔術の経験から次のように話します。
後藤「私がやっているブラジリアン柔術には、『連絡変化』という言葉があります。ブラジリアン柔術は、寝技がどんどん続いていくんです。寝技は、いくつもの種類があって、次に相手が何をやってくるかわからない。どんどん相手に合わせて変化していくことを連絡変化というんですが、相手のリアクションを見ながら、自分も動いていく。それと似ているのかもしれません」
湯浅「福祉も同じようなことが言えて、相手のリアクションによって、こちらも反応していくという、連続する変化の中で対応していくしかない世界です。それをリセットできるとしがらみにならないが、そうはいかないことも多い。どうしたらブラジリアン柔術を楽しめるのかということは、どうしたらしがらみを面白がれるのかということに近いのかもしれません。もしかしたらそれは、面倒くさいことをいかに面白がれるかということにつながるのではないかと思います」
でも私たちは、どうしたら面倒くさいことを面白がれるのでしょうか。そんな疑問に対し、湯浅さんは「違うタイプの人に囲まれて成長するような体験をすること」だと語りました。冒頭で述べたように、今の社会は「縁」が希薄になり、予想もしなかったタイプの人に偶然出会うということ自体が減っている気がします。だからこそ、いろんな人がいるごちゃまぜの場で、子どもも大人も関係なく、いろんなタイプの人や状況に慣れていくということは、現代の日本には必要なことなのかもしれません。
最後に出てきた「連絡変化」というワードは、コミュラボ内でもブームになったことは言うまでもありませんが、今回の後藤さんと湯浅さんのお話の中には、福祉以外の視点からごきげんに暮らすためのヒントがたくさんありました。今後、もっといろんなまちで、自発的な表現が増えて、ごきげんに暮らせる面白い地域が増えることを祈らずにはいられません。後藤さん、湯浅さん、貴重なお話をありがとうございました!