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vol. 134

【居場所の解剖学レポート】#6.「生き心地」から考える人の居場所

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第6回となる居場所の解剖学は、5月9日(水)に実施しました。
ゲストは、情報・システム研究機構 統計数理研究所 医療健康データ科学研究センター特任准教授、一橋大学 経済研究所 客員教授である岡 檀(おか まゆみ)さんをお迎え。「生き心地」から考える人の居場所について探究しました。

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目次

■前回までの振り返り
■ゲスト紹介
ー海部町における5つの自殺予防因子
ー海部町の空間構造特性(路地とベンチ)
■解剖トーク
ー日常の生活動線上に生まれるタッチポイント
ー多面的に捉えることと「係」の流動性
■次回開催について

前回までの振り返り

前回は、生活介護事業所 ぬか つくるとこ代表の中野厚志さんをゲストに「ユニークから考える人の居場所」について解剖していきました。人の行為やこだわりをおもしろがるというのは、リスペクトが伴っていることがとても重要。そして、その行為者だけでなく、発見者の存在やコトを待つ姿勢もポイントではないかということをお話しいただきました。
第1回レポート/居場所の法則(仮説)はこちら
第2回レポートはこちら
▷第3回レポートはこちら
▷第4回レポートはこちら
▷第5回レポートはこちら

ゲスト紹介

今回のゲストである岡さんは、健康社会学、環境疫学、コミュニティ、心理学などを専門領域とし、長年コミュニティをはじめとしたさまざまな研究を行っておられます。その柱の一つとなる研究が「生き心地のいい町とはどういう町か」という研究です。
日本は、世界的に見ても自殺率の高い国。しかし、自殺率は国内においても地域差があることに気づいた岡さんは、自殺が少ない地域ではなぜ自殺発生が抑制されているのか、という素朴な疑問からこの研究に取り掛かりました。
自殺予防要因について調査する中、「居場所」の要素とも重なる部分があるようだと話す岡さん。ここでは、まずゲストトークとして、研究から得た要素やポイントをお話しいただきました。

海部町における5つの自殺予防因子

岡さんは、自殺希少地域における自殺予防因子の研究をするにあたり、平成の大合併前3,318旧市町村の30年間の自殺統計を参照し、自殺希少地域を抽出。その結果、海部町を研究対象とし、何が自殺を予防しているのかその要素を探り出しました。
海部町(現在は海陽町と合併)は、徳島県南端にある太平洋に面した小さな町。自殺の背景には、精神的問題や経済的問題が大きな要因としてあります。しかし、岡さんは、海部町にはそのような自殺危険因子があったとしても、その危険を抑える自殺予防因子があるのではないかと考え、海部町に入り込んで研究を進めていきました。その結果、絞り込まれた因子が下記の5つです。
※詳しく知りたい方は、岡さんの著書「生き心地の良い町―この自殺率の低さには理由(わけ)がある」にて詳しく解説されています。

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①多様性の重視と維持
海部町では、「いろんな人がいた方がいい、いろんな考えがあった方がいい」という言葉がよく聞かれ、他人の考えを尊重し、自分の意見も主張する特性があると言います。例えば、赤い羽根共同募金の際、ある町では「みんな募金していますよ」と言われると多くの人が募金をするが、海部町では「みんながするのはいいことだが、自分はしたくない」と主張する住民がいる。岡さんによると、このように周囲の行動に合わせなくても排除されないのが大きな特徴であるとのこと。

②自己肯定感の醸成
これは、自己効力感とも言い換えられますが、周囲の人々や世の中の事柄に対し、何らかの影響を及ぼすことができると信じられる感覚のことを指しています。海部町では、人それぞれできることは異なるし、微力であっても決して無力ではないという感覚を持っている人が多いようです。
岡さんが実施したアンケート調査では、「自分のような者に政府を動かす力はない」と感じている住民は、海部町では26.3%だったのに対し、自殺多発地域のA町では、51.2%と大きな差が出る結果となっています。これは、周囲のさまざまな出来事にどう取り組むかという態度の現れでもあると岡さんは説明します。

③つながっているが縛られない、ゆるやかな紐帯
これは、多様性の重視とも大きく関係する部分ですが、海部町の人たちは同調圧力を嫌う傾向があるのだと言います。岡さんが実施した住民アンケートでは、「近隣住民と日常的に生活面で協力している」と答えた人は、海部町では16.5%、自殺多発地域A町では44.0%と、A町の方が緊密な人間関係が維持されていました。
岡さんは、自殺対策では「絆」が重要視されてきたが、あまりにも濃密な人間関係の中で悩みを曝け出すのは勇気がいる。「絆」は必要なものではあるが、つながりの強さではなく、「質」を考える必要があるのではないだろうかと示唆します。

④過ちへの寛容ーやり直しのチャンス
海部町では、人の評価についても独特で、人物評価主義が貫かれているようです。個々人が持つ人柄や能力について、多角的、長期的、総合的に判断し、時にはサプライズ人事のようなこともあるとのこと。過ちにも寛容で、失敗をした者に対し「一度目は、こらえたる(見逃してやる)」と声をかけ、たった一度の失敗で残りの人生にレッテルを貼ることはせず、挽回のチャンスが常にあることが伝えられています。

⑤適切な援助援助希求行動:助けを求める、弱音を吐ける
海部町には「病は市に出せ」ということわざがあり、「病」には、病気という意味の他、さまざまなトラブルや心配事も含まれています。早めに周囲に心配事を開示し、早めに介入することができるため、重症化を回避することができる。これは、援助コストを最小限にすることができる、海部町の危機管理術の一つのようです。

これら5つの要素を解説しながら、岡さんは「自殺予防は、本人への働きかけだけではなく、地域を丸ごと変えていかなければこの問題は改善されないと考えている」と話し、自殺予防因子を普及させていくため、新たな取り組みを始めていらっしゃいます。

海部町の空間構造特性(路地とベンチ)

その取り組みの一つが、海部町の空間構造特性と住民の援助希求行動に及ぼす影響の解明についてです。
海部町の一番の特徴は、家屋が「密集」し、車が通れない「路地」が多いこと。その路地には、江戸時代から続く「みつせ造り」と呼ばれるベンチが点在しており、岡さんの調査では、海部町では隣人と立ち話をする機会が多いことが明らかになっています。
岡さんによると、買い物や病院の行き帰りなど、暮らしの中で、住民同士の偶発的な遭遇とコミュニケーションが常態化している特徴があるのだとか。住民たちは無意識にそれらを行なっているものの、その場が困りごとの小出し習慣のようになっており、早い段階で問題が開示されることにつながっているようです。岡さんは、路地とベンチはある種の「仕掛け」のようなものになって、住民のコミュニケーションが促されているんだなということに気づいたと話します。

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岡「悩みがあったら教えてくださいというのはもう難しい状況にあるのではないかと思います。悩みを相談しやすい、促す仕掛けのようなことが必要で、多様性の尊重をいかに徹底していくかということを考えなければならないと感じています」

解剖トーク

岡さんの研究結果のお話は、「居場所」全体にも通じるような、人と人の関係にも関わるような学び多いものでしたが、ここからいよいよ解剖トークに入ります。

日常の生活動線上に生まれるタッチポイント

施策として「居場所」をつくろうとすると、定点的な場をいかにつくるかという状況になってしまいがちです。しかし、先のゲストトークにあった路地とベンチのような場が点在していると、どこも「居場所」になるような気がしてきませんか?
環境を考えることと、本人の受信体(どこも居場所になるというような感覚)の感度を上げる両方にアプローチできるような研究に感じたと話すコミュラボ松崎に対し、岡さんは次のように語ります。

岡「路地以外にも、海部町では共同洗濯干し場というものが今でも使われています。そこを居場所とは言い難いけれども、そこに行けば誰かがいて会話が生まれる。少なくとも交流の場になっていると言えます。その流動的なものをどうやって仕掛けていくかですが、すでに人が滞留しているところに仕掛けていくこととポイントを抑えることが大事だと考えています。例えば、海部町と同じようにベンチを置きたいと思った時、置き場所を間違えれば全く役に立たないものになってしまう。いい発想を取り入れることは素晴らしいことだけれど、使われているベンチと使われていないベンチは何が違うのかということを理解して展開することがとても重要かなと思います

岡さんのお話と海部町の空間構造の特性から、すでに人が集まっている場所や日常の生活動線上にいかにタッチポイントを置くかということは、大きなポイントになっていることがわかります。居場所を増やしたいコーディネーターは、この点を意識するとこれまでつながりがなかった層との新たな接点につながるかもしれません。

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多面的に捉えることと「係」の流動性

居場所の解剖学では、タッチポイントによって人が集まり、その人との関係性の中で生まれるものを「係」という言葉で仮置きしています。私たちもこの言葉が適しているのかはずっと問い続けていますが、今回このことについて岡さんに率直に問いかけてみました。

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岡「“係”という概念は、海部町の中にもかなりあるように感じます。ただ、それがいつも固定されたものではないんです。前はリーダーのようだったのに、次は違う人がそういった位置にいたり。海部町の場合は、ヒエラルキーがないので、係がクルクル変わるような気がしています

この「係がクルクル変わる」という岡さんの言葉に、とても納得した様子のホスト3名でしたが、海部町には、何か住民同士の中にこの町独特の共通認識のようなものがあるような気がしてなりません。

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岡「確かに、海部町には独特の哲学のようなものがあって、“人間はしょーもないやっちゃ”というのがとても特徴的なんです。それは、どんなに偉く見えていても、完璧な人間はいないし、間違いを犯すものなんだという考え方が昔からあるということです。教育的ではなく、こどもの頃からそれをベースに行動することを教えられるんですね。それがヒエラルキーがない町の特徴につながっているのではないかと考えています」

このことから、海部町の住民は「人」というものを自分の知っている一面だけではなく、前半の自殺予防因子(①や④)にあったように、多面的に捉えていることにつながっていることがわかります。例えば、福祉分野の場合、相談に来た人が経済的問題で困っていたら、困っている人という一面しか見えませんが、もしかしたら接する「人」や「場」が変われば、スポーツが得意という違う一面が見えるかもしれません。そう考えると、さまざまな人に出会うことは、多面性を捉える一つのきっかけになると言えそうです。

岡「人を多面的に見る癖がついていないと、相談窓口に来た人は助けを求めに来た人で終わってしまいます。でも人には当然いろんな面がある。人を多面的に捉える時、私たちがそれを見落とさないような眼力を鍛えておくことは重要かもしれません」

場を俯瞰して観察し、多面性を意識すると、一人の人であってもいろんな係が見えてくるような気がします。居場所を増やしたいコーディネーターが、人を多面的に捉え「係」のようなものを多く見つけられる視点を持って置くことは、大切なポイントであり、多様性を尊重する空気感に大きく関わってくる部分かもしれません。
回を重ねるごとに、「居場所」の解像度が上がってきていますが、今回は「生き心地の良さ」という学術的な視点から「居場所とはなにか」の核心にまた少し近づいたような回となりました。

次回開催について

次回の居場所の解剖学、2024年6月11日(火)です。
第7回は、九州大学大学院人間環境学研究院専任講師であり、社会福祉士の田北雅裕さんをゲストに、「デザインから考える人の居場所」という視点から解剖していきます。
いよいよ居場所の解剖も佳境に入って参りました。お申込みがまだの方は、下記よりお申込みください。

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※一度のお申込みで全9回分が完了となります。
※お申込みいただいた方には、今後の日程と終了した回の録画をメールにてお知らせします。

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