CDLマガジン
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vol. 102
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コミュラボ
ライター
コミュニティデザインに興味を持ち、9月7日〜19日までコミュニティデザインラボにインターンシップに来ていた大松 珠(おおまつ たまき)さん18歳。
彼女は、福岡県糸島市在住で、小学生の頃から両親が立ち上げたフリースクールで育ちました。
現在は、通信制の高校に通い、地域の暮らしに溶け込みながら新しいことを吸収しつづける大松さんが、どのようにして三股町のコミュラボに来ることになったのか。今回は、大松さんの魅力に迫りました!
神奈川県川崎市に生まれた大松さん。ご両親が農業に興味があったことをきっかけに、大松さんが2歳の時、家族で福岡県糸島市に移住しました。今や観光地として人気の糸島ですが、自然いっぱいの環境で育ったと大松さんは話します。
「私は、小学生の時から公立の学校には通ったことはなくて。年長さんになった年、お父さんから普通の学校とおとうさん学校どっちに行きたい?って聞かれて、おとうさん学校に行きたい!と答えました。畑や図書館などで両親と過ごす中、小学校4年生の時に両親がもう一組の夫婦と一緒に”産の森学舎”というフリースクールを開校したんです。そこに、1期生として入学しました」
産の森学舎は、「くらし」と「あそび」と「学び」をひとつながりで見つめ直すことから生まれたちいさなフリースクールです。
小学部では、大人が自分の好きなことについて伝えてくれる時間があったり、自然や食など五感を通した学びが多かったとのこと。
それから産の森学舎の中学部へ進んだ大松さんは、中学3年生の時、進学の悩みにぶつかったそう。
「多くの人がどの学校に進もうかって悩むと思うんですけど、私もとても悩んで。でもあるとき、私にとって学びと暮らしって切っても切り離せない関係だと気づいたんです。暮らす場所で学べることも全然違ってくると感じていたので、先に暮らすまちを決めちゃおうと思って。本当は知らない人の中に入るのは得意ではないんですけど、中学2年生のときに修学旅行で行った山口県の祝島で暮らしながら、通信制の高校に通うことを決めました。両親ともよく進路の話をしていたので、決めた時は私の気持ちを尊重してくれましたね」
こうして、2021年7月、高校1年生の時単身祝島へ渡り、その島の暮らしや島の人たちを通した大松さんの新たな学びが始まりました。
祝島は、周囲約12km、人口300人弱の小さな島。ホームステイしながら、島の人たちの仕事などを手伝っていたと言います。
大松さんが祝島に行った時は、ちょうど新型コロナウイルス感染症を社会全体が警戒しピリピリしていた時。高齢化率80%の小さな島では、厳しい目で見られることもあったようです。
「新型コロナウイルスが流行っていたので、祝島に渡ってすぐの2週間は、島のガイドラインに従い、1人で隔離生活を送りました。知らない存在がいると目立つほどの小さな島なので、最初は人の目が怖いと感じる時期もありました。でも毎日元気に挨拶したり、草刈りや畑仕事など、いろんなお手伝いをさせてもらううちに、ただの観光じゃない、手伝いしよった子やねって覚えてもらえるようになったんです。海産物の販売やひじき漁のお手伝い、ベビーシッターなどいろんなことをさせていただきました」
祝島を離れる前には、島の皆さんにお礼の気持ちを伝えるべく、最後の晩餐として食事会を企画。大松さんは、自身のポートフォリオでは、「関わってくださった方がこうして集まり、送り出してくれる関係性をつくれたことが一番の成果だ」と綴っています。
それから2022年4月、祝島を後にした大松さんは熊本県水俣市へ。ある知人のつながりから、今度は2022年5月〜同年12月まで「高校生がつくる水俣食べる通信」のリニューアル創刊にインターンとして関わることになりました。
「食べる通信」とは、生産者を特集した情報誌と、その食べものがセットで定期的に届く“食べもの付き情報誌”。リニューアル後の水俣食べる通信では、高校生のみで編集部を構成し、企画から取材執筆、誌面デザインまでを行います。地元の高校生と一緒に活動したこの経験を通し、複数人で一つのものをつくり上げることの難しさを感じながらも、文章やデザインスキルも得られたようです。
「水俣から糸島に戻った後は、少しゆっくり過ごしていたんですが、5月くらいからまたあれこれ考え始めました。大学に行くとしたら社会学や人類学にも興味があって。それをちょっと調べてるうちに、『コミュニティデザイン』っていう言葉を知り、三股町のコミュラボのHPに辿り着いたんです。コミュラボは、新しい視点でいろんな活動をされているけど、すごく生活に近い目線も感じられて興味が湧き、思い切って問い合わせをしたのが最初でした」
そして、2023年8月の終わりに初めて三股町を訪れた大松さん。その時は1日だけの見学でしたが、人やまちがどんなふうに絡んでいるのかもっと知りたいと、大松さんの希望で今回のインターンが実現しました。
2回目に来た三股町やコミュラボの印象は、大松さんの目にどのように映ったのでしょうか?
「三股町って子どもも多いし、すごく活発な人が多いなって感じていて。今回来て、改めてすごいなと思ったのが、プレイヤーの多さ。場や仕組みって頑張ればつくれると思うんです。でも、そのプレイヤーは、人と人の関係の中でできるものなので、つくろうと思っても簡単じゃない。でも、三股町にはそのプレイヤーが多くて、ずっと継続して関わっているのがやっぱりすごいなと感じました」
大松さん自身、小さなまちでの暮らしやいろんな大人の話を聴く中で、場や仕組みがあってもそれが「暮らし」とずれていることがあるなと感じることがあったそう。だからこそ「暮らしの視点」を大切にして、そこに住む人と人との関係性をデザインすることに興味が湧いたのだと言います。
苦手なことがたくさんあると話しながらも、それをも上回る大松さんの探究心や自分の思考を言語化する力は、目を見張るものがありました。
最後に、そんな大松さんにこれからのことや10代のみなさんに向けたメッセージをいただきました!
「いつか自分の好きなことやいろんな意見をきき合えるような場をつくりたいと思っています。でも、それは仕事じゃないかもしれないし、今はまだ自分に何が足りないのか、どんなふうに学べるのかわからないので、模索中です。私は公立の学校に行ってないこともあり、どこでも学校にしちゃおうっていう感覚があって。三股町も自然も、大人や地域もみんなも学校だなって思っています。だから、もし同年代の人で学ぶことに行き詰まっていたら、どこでも学校にしてみるのも一つなのかなと。あまり答えになっていませんが…(笑)」
と、はにかみながら話してくださいました。
10代で「暮らしを大切にしたい」という軸を持ち、行動してきた感性豊かな大松さんを見ていると、大松さんが育ってきた産の森学舎に行ってみたくなります。
インタビュー中、実はあれこれいつも悩んでいるのだと話してくれた大松さんですが、もがいた時間はきっと一つも無駄にはならないはず。お話を伺いながら、これから素敵な大人になっていくんだろうなと、彼女の将来がとても楽しみになりました!
これからもずっと応援しています。またコミュラボに遊びに来てくださいね!